「無条件の愛」だけが唯一「本当の現実」。いわゆる「現実」はそれを解釈した「現実の経験」にすぎない by バシャール

創造から無条件に愛されているからこそ、「自分は無条件の愛など経験できないのだ」という観念を持ち、さらにその通りに、「無条件の愛を経験しない」「自分は愛されていないんだ」という経験をすることができる。

確かに、自分は愛されていないと思うのは他ならぬ自分ですから
本当に愛されていなくても、本当は愛されていても、どっちの場合でも
自分は愛されていないと思うことは可能ですね。

また、完璧に平和な場所という瞑想のように
本当は険しい山なんてないのに、「自分はこの険しい山を登らなくてはいけないんだ」と険しい山を想像することも許されている。

痛み、苦しみ、死さえも許されている
ということは、ほんとは、これらを自分で選択している
ということですね

すべては自分の責任
すべては自分の内部にあるものを
外側に映し出して見ているだけ……
そういうことなのかもしれません

「大いなるすべて」の波動――平和や喜び、バランス、ハーモニー、情熱、これらはみなさんが「無条件の愛」と呼んでいるものの波動、エネルギーです。
(中略)
みなさんが「現実」と思っているものは「現実の経験」でしかないのです。
「無条件の愛」だけが唯一リアルなもの。
(中略)
不調和や分離や対立を経験しているときでも、それは、本当にリアルな「無条件の愛」からひとつの側面を自分でつくって経験しているにすぎないのです。

創造の源の無条件の愛は、徹底的に無条件で、制限がありません。
みなさんは「無条件の愛」によって本当に無条件にサポートされています。
(中略)
自分の痛みや苦しみから死ぬことすら許容されているのです。

以上、ダリル・アンカ (著), 大空 夢湧子 (翻訳) 『BASHAR(バシャール) 2006 バシャールが語る魂のブループリント』P.31-33より引用させていただきました。

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