自分の発している波動が鏡のように映しだされたものを「現実」として体験する

みなさんはどんな波動であれ、自分の発している波動、つまり、自分の持っている波動が鏡のように映しだされたものを「現実」として体験します。
ですから、その反映、源から出てきた現実が、何かちょっとアンバランスに思えるとしたら、それはあなたが投影しているエネルギーにアンバランスなところがあるということです。

以上、ダリル・アンカ (著), 大空 夢湧子 (翻訳) 『BASHAR(バシャール) 2006 バシャールが語る魂のブループリント』P.70より引用させていただきました。

だそうです。

しかし、自分の持っている波動が鏡のように映し出されて、それを現実として体験するというのがピンときません。

現実を体験するというのは理解できます。
だってそれは毎日体験しています。

自分の持っている波動、自分の発している波動、というのがいまいちピンときません。
しかしその波動が映し出されて現実(の体験)として鏡に映っているという。

私たちの体験しているこの現実というのは、自分(というある種のエネルギー)が持っている波動、自分の発している波動を、鏡のように反映したもの。

この語順にするといくらか理解が進みます。

ということは、自分の波動というのは、外見上は現実世界とほぼ同じということになります。

鏡に映った自分が実際の自分とほぼ同じであるのと一緒です。

ただ外見上はほぼ同じではあるが、鏡に映った反映には中身がない。
反映にあるのは、同じ見え方だけ。

つまり私たちが体験している現実には、実は中身が一切存在しない?
中身は本体である自分の側にある。

ただこの肉体自身も自分の波動の反映であるので、肉体全体も単に鏡に映った中身のない外見だけのものということになる。