どのような現実をつくろうが自由です

みなさんが人生で学んでいることは次のことです。
「観念とは単にひとつの選択にすぎない」
「ある観念が必ずなければいけないという必然性はない」
「どの観念を選ぼうが選ぶまいが、それは自分の選択の問題。つまり、まったく自由に観念を選ぶことができるのだ」

以上、ダリル・アンカ (著), 大空 夢湧子 (翻訳) 『BASHAR(バシャール) 2006 バシャールが語る魂のブループリント』P.187より引用させていただきました。

観念をまったく自由に選ぶことができるのなら、観念が現実を創っているのですから、どのような現実をつくろうが自由のはずです。

現実の本質的な部分、現実の構造は変わらないが、現実に対する意味づけや見方は自由に変えることができる。

もうすでにそうである現実は変えることはできないが、それに対してどのような対処の仕方をするかは自由です。

それに対してどのような観念を選ぼうが自由です。
それに対してどのような意味づけをするかは自由です。
それに対してどのような見方をするかは自由です。

私たちはこれらの自由をどのように行使するかによって自由に自分の現実を創ることができます。