今まで何千年もの間の苦しみ、痛みは、自然な自分自身を忘れたところからやってきています。 by バシャール

細かいところに目をやるのが学問の特徴のようで、それが良いものなら良いんですが、わざわざ悪いものを創り出している面もあります。

病気を創り出す。犯罪を創り出す。ハラスメントを創り出す。変な自由や変な人権を創り出す。変な思想を創り出す……等々。

まさに細分化こそが文明の進歩でもあるかのようです。

それらはどんどん物事の本質から離れていくので、当然ダブルスタンダードを採用しないと、自らの主張あるいは思想の論理的整合性が得られません。

例えば「多様性」です。
真の多様性は、多様性の否定をも含みなす。
多様性などは無価値であるという思想でさえ多様性のひとつであると認めるのが真の多様性です。

LGBTに関してもそうです。
LGBTを否定する思想を認めてこそのLGBTです。
そうでないと不公平です。
単にダブルスタンダードが増えただけです。

LGBTに否定的な意見を認めた上での思想でないと、自らの根本的思想に矛盾をきたします。LGBTの思想のみの肯定は、LGBT以外の思想の否定になります。

細かいところを強調すればするほどそれは逆差別に近づいていきます。
そして民主主義からも離れていきます。社会主義に近づいていきます。

ただただ自然であればいいのです。
自然な自分が一番ワクワクしている自分です。
自然な自分が本当の自分です。

それがその人にとって自然であれば、LGBTなど関係ありません。
多様性も必要ありません。細かい部分は必要ではありません。

今まで何千年もの間の苦しみ、痛みは、自然な自分自身を忘れたところからやってきています。 地球の文明が非常に発達して、いろいろなものを細分化してきたために、細かいところばかりに目がいくようになりました。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック3―ワクワクするとき、ひとはもっとも多く学ぶ (VOICE新書)』188ページより引用させていただきました。