「ワクワク」と「怖れ」は、同じものです。 自分がひかれるエネルギーを信頼するとき「ワクワク」になります。 自分がひかれるエネルギーを疑うとき、それは「怖れ」になります。 by バシャール

「ワクワク」と「怖れ」は、同じものです。 一方は肯定的な立場から、もう一方は否定的な立場から見たものです。 自分がひかれるエネルギーを信頼するとき「ワクワク」になります。 自分がひかれるエネルギーを疑うとき、それは「怖れ」になります。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック3―ワクワクするとき、ひとはもっとも多く学ぶ (VOICE新書)』240-241ページより引用させていただきました。

最近観た海外ドラマ二本ありまして、一本はヒロインたちが現状の不満解消のために万引きをしまくるドラマ、もう一本はコメディーなんですが、生活苦を理由に3人の女性が面白おかしく犯罪を犯し続けるドラマです。

後者のドラマの中で、ヒロインの言葉として、どうして私たちは子供のころから悪いことをしてはいけない、そういうことをしたら必ず天罰が当たると教えられてきたのか分かったわ、犯罪者たちが自分たちの利益を損なわないためだ、みたいな発言があって、ああ私もそう考えたことがあったなと苦笑しました。

つまり社会において厳密に言えば犯罪者であるルールを守らない人々が富を得た場合、自分と同じようにルールを無視して富を得てしまったら自分の分け前が減るので、自分以外は善人であれ!ルールは破るな!と脅しをかけておけば好都合だというのです。

世間ではワルはモテると言います。
アクションやクライムなどがメインの映画ドラマの主人公が、なんらかの犯罪を犯している、あるいは犯罪を犯すというのは多いです。
犯罪は犯しますが、その犯罪を犯すのに納得のいく重い理由が与えられているのがほとんどですが。

犯罪を犯さないまでも、主人公がまったくの善でいっさい軽微な犯罪も犯さず、ルールもすべてきちんと守る、というアクションまたはクライムの映画ドラマはあまりないように思います。

現実世界でもそれをやったら面白そうだけど法律を破ることになることはたくさんあります。

たとえば高速道路でのカーチェイスまたはカーレース。
たとえばインスタ映えを狙った様々な危険行為等。
そもそもルールを破ること自体に面白さを求める人もいるかもしれない。

……と、これらは否定的な立場から見てとは、言えないものですがね。
やってること自体が否定的です。