でも、だからといって、否定的なものを見ているときに「いや、これは肯定的なんだ」という”フリ”をしろということではありません。 by バシャール

でも、だからといって、否定的なものを見ているときに「いや、これは肯定的なんだ」という”フリ”をしろということではありません。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック4―ワクワクこそが、ひとを深くいやす力がある (VOICE新書)』90ページより引用させていただきました。

なんでも肯定的な意味を与えれば肯定的な結果を得るんだからと、肯定的な意味を与えたつもりにならないで、ということでしょうか。

それを否定的だと見た時点でもうすでに否定的な意味づけをしているわけです。
さらにはどう考えても肯定的だと思えない出来事だって当然あるはずです。

さらに同じ出来事が起こっても、その人によって、本心から肯定的と見ることができる人と、無理すれば肯定的と見ることができる、そんな人もいるはずです。

そもそも人間が生きていく上には意味づけが必要です。
すべては本来中立なんだからすべてに意味をつけない!では生きていけません。

バシャールの言う「肯定的意味づけをすれば肯定的結果を得る」も、ほどほどにね、ということなのかも知れません。

肯定的な意味を与えることができた方がより良いけど、肯定的な意味づけができなかったとしても、ただそれだけのこと。

そこに特に意味はない。
すべての状況は本来中立です。